1800年の歴史ある開運・厄除の神
  
旧遠賀郡21ヶ村の総社として
人々の崇敬を集めている高倉神社。
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高倉神社御由緒
御祭神

  天照皇大神  ・  大倉主命  ・  莵夫羅媛命
あまてらすおおみかみ おおくらぬしのみこと つぶらひめのみこと


高倉神社
當社は國史所載の古社にして第十四代仲哀天皇八年正月己卯朔壬午筑業に行幸し給いし時、岡の縣主の祖熊鰐周防婆歴浦(さばのうら)に参迎え海路を導き山鹿岬より巡りて岡の浦に入らむとし給ふ。時に神異あり、天皇勅して挾抄者(かじとり)倭國莬田の人伊賀彦命を祝部としめ給ふ。神功皇后摂政二年五月午の日に此の地に神祠を建て神田千町を以って定めらる 即ち大倉主命莬夫羅媛二神の本宮なり古来武人の崇敬厚く年中三度の大祭には在廳の官人をして祭儀を監察せしめられ武家執政の後も検使を遣して祭儀を援けしめられき天文五年九州探題大内義隆公社殿の造営ありしも永禄二年大友宗麟の兵火にかかり壮麗なりし社殿も貴重なる社宝と共に烏有に歸せしが天正十五年國主小早川隆景公之を再建慶長十八年黒田長政公梵鐘及び鳥居の献納あり再来歴代の國主神田神山を寄進して崇信の念殊に厚く宝暦元年旧遠賀郡の惣社として定めらる 明治五年十一月郷社に列せられ大正九年縣社に昇格す現今の神殿幣殿は明治九年田遠賀郡の造営もよるものにして古は神傅院千光院穂智院勝業院の六坊あり又社家五家巫女四家ありしも明治初年同時に廃せらる境内には御神木として杉楠松楓柳の五樹ありしが今は神功皇后御親裁と傳へられる綾杉と楠のみ残せリ。
【2006.09.01 Friday 22:51】 author : takakurajinja
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